JOP投稿論文2
2024年1月7日
[ 症例報告 ]
多数歯に不適合補綴装置が装着されていた成人Angle ClassⅢ症例
川里 邦夫
セレンディピティー かわさと歯科
[ case report ]
A case report of adult Angle ClassⅢ
with defective restorations and prosthesis treatment of various teeth
Kunio KAWASATO
Serendipity Kawasato Dental Office
Abstract: A 38 years 4 months old male patient presented Angle ClassⅢ. He had defective restorations and prosthesis treatment of various teeth. The over bite +0.5 mm and the over jet +1.0 mm. The patient was treated with the non extraction. Active orthodontic treatment time was 19 months. And then, he was treated with prothodontic approach and implant placement. I could recognize the good treatment result and good retention after 1 year 4 months of the treatment.
Key word: Angle ClassⅢ, interdisciplinary approach, half-lingual treatment
キーワード:Angle ClassⅢ、インターディシプリナリー治療、ハーフリンガル
Ⅰ はじめに
歯の位置が不正であると修復治療で高い到達点に達することはかなり難しくなる。よって、矯正歯科治療によって無理なく修復治療の行える状態にまで歯の位置をコントロールしておくことが重要である。
本症例は、叢生と多数歯に不適合充填物・補綴装置がされた成人男性のAngle ClassⅢ症例を、歯周組織の改善を行い、修復補綴歯科治療を併用して、上顎はラビアル、下顎はリンガルのハーフリンガルによる矯正歯科治療を行い良好な咬合が得られたので報告する。
Ⅱ 症例の概要
治療開始年齢は38歳 4カ月で、上下の前歯の叢生と交叉咬合を主訴に来院した。全身所見に特記事項は認められなかった。顔貌では、正貌は下顎が左側へ編位していた。側貌はオトガイの突出を伴う下顎前突の様相であった。顔面正中に対して歯列正中は上顎が右側へ偏位し、下顎が一致していた。口腔内所見では多数歯に不適合な充填処置、補綴処置が施されており、歯周組織の状態は不良であった。また、上顎臼歯部が挺出した咬合平面の乱れがあり、種類の異なる補綴装置や齲蝕のため、色調にも問題があった(図1)。下顎前歯部に前突感と上下顎前歯部に叢生が認められ、大臼歯関係はClassⅢで、オーバーバイト+0.5mm 、オーバージェット+1.0mmであった。口腔習癖は認められなかった。
模型所見としてアーチレングスディスクレパンシー(ALD)は上顎-2.0mm下顎-4.0mmであった。パノラマ写真所見では歯槽骨の吸収は認められず、下顎左右に第三大臼歯があった。また、下顎右側第二大臼歯の歯根吸収と二次齲蝕が確認できた(図7)。
側面頭部X線規格写真所見から、骨格系はSNA86.0°、SNB85.0°、ANB 1.0°とClassⅠ、FMAは25.0°と平均値内であった。歯系は、U1 to NA 4.0 mm 20.5°、L1 to NB 4.0 mm 18.5°、IMPA88.0°で、上顎前歯は平均値内で、下顎前歯は舌側傾斜が認められ、Interincisal angleは140°と平均値より大きかった。
Ⅲ 診断
叢生を伴うAngle ClassⅢ症例とした。
Ⅳ 治療方法と経過
顔面正中に対して、上顎中切歯は右側に3mm偏位していたため、上顎中切歯を左側に3mm移動することにした。
模型分析の結果、ALDは上顎-2.0mm下顎-4.0mmであり、側面頭部X線規格写真から、下顎前歯の舌側傾斜が認められたため、非抜歯にて上下顎歯列弓を拡大し叢生の改善を図ることとした。治療目標としてLevel anchorage system(LAS)のモディファイドゴール、ANB 1.0°U1toNA 5.0mm L1toNB 3.75mmを参考とした。ANB 1.0°の時のL1toNBの理想値は3.75mmとなるため、L1toNBは4.0-3.75=0.25mm後退する必要があり、U1toNAの理想値は5.0mmとなるためU1toNAは4.0-5.0mm =-1.0mm,つまり1mm唇側移動する必要があった。そのため、上顎は唇頬側に移動しやすいラビアル装置を、下顎は舌側に移動しやすいリンガル装置を選択した。ただし、IMPA(L1 to Mand.p) 88.0°のため、下顎前歯を舌側傾斜移動し過ぎないように注意した。
多数歯に不適合な補綴装置が装着されており、矯正歯科治療のみでは適正な咬合関係がとれないため、各分野連携のアプローチが必要となった。
上顎にラビアルブラケット装置(スピリットMB)を装着し、.016 Ni-Tiでレベリングを開始した。下顎には、リンガルブラケット装置(STb)を装着し、 .014 Ni-Tiで動的矯正治療を開始した(図4)。7カ月後、上顎は .016×022 SSに、下顎は.016×016 NiTi変更した。歯列弓を拡大することで、ALDを解消し、さらに下顎前歯のジスキングでスペースを獲得し、下顎歯列弓を縮小することで、上下顎歯列弓のディスクレパンシーの改善を行った。1年1カ月後、ディテーリングを開始した。1年7カ月でブラケット装置を撤去し、下顎右側第二大臼歯と下顎左側第三大臼歯を抜歯し、下顎右側第二大臼歯部にインプラントを埋入した。その後、下顎6前歯以外のすべての歯の補綴処置に移行した(図6)。下顎の保定装置は、3-3 リンガルブラケット装置をlingual retainerとして2年間使用した。上顎には可撤式装置にて保定を行った。現在、下顎のリンガルブラケット装置を除去し、1年4カ月経過している。
Ⅴ 治療結果
成人の為、骨格的変化は無いが、顔貌の正中に対して上顎中切歯が一致し、上下前歯の軸傾斜の改善により被蓋関係が改善され、良好なアンテリアガイダンスが得られた。叢生は改善され、臼歯関係はClassⅠで、緊密な咬合がえられた。側面頭部X線規格写真からANB の変化はなく、歯槽的にU1toNAは20.5°/ 4.0mmから20.0°/3.5mmに、L1toNBは18.5°/4.0mmから15.0°/2.5mmに変化した。下顎前歯の舌側傾斜と挺出によって、被蓋関係は改善した。その結果、IMPA(L1 to Mand.p) 88.0°は84.0°に減少し、Interincisal angleは140.0°ら144.0°に増加した。上顎臼歯の移動はなく、下顎臼歯は0.5mm遠心移動した。矯正装置の除去は、アンテリアカップリングが得られることを確認して行い、最終補綴装置を装着しバーティカルストップを安定させた。そのため、静的咬合の安定が得られた。その結果、現在、保定終了・最終補綴装置装着後1年4か月経過しているが、後戻りは認められない。
Ⅵ 考察・まとめ
本症例の術前のANB角は1.0°であったが、前歯部の浅い被蓋関係と交叉咬合解消のため、またAngle ClassⅢの改善のために、上顎にラビアルブラケット装置を下顎にリンガルブラケット装置を用いた矯正歯科治療を行った。ALDは上顎-2.0mm下顎-4.0mmあり、非抜歯にて歯列弓の拡大を行い、ジスキングによって得られたスペースを使った下顎歯列弓の縮小にて、上下顎歯列弓のディスクレパンシーの改善が図れた。また、下顎前歯の舌側傾斜によって良好な前歯部の被蓋が獲得され、下顎大臼歯の遠心移動によってClassⅢが改善されClassⅠとなった。術後1年4カ月ではあるが経過良好である。
ただし、Interincisal angleは現在143.5°と大きな値であり、咀嚼運動時の干渉の可能性が残されている。これらのことから、咀嚼・嚥下・発音といった生理的機能やパラファンクションに対する観察は続ける必要があると考えられる。
このたびの論文提出に際して、ヘルシンキ宣言の倫理基準に従って実施し、患者御本人の了解を得ましたことを報告します。
参考文献
1) 山﨑 長郎 :エステティッククラシフィケーションズ. クインテッセンス出版、東京、506-524 . 2009.
2)Root,T レベルアンカレッジシステム~概念と治療法~ 新有堂、東京、3-12, 1990、
受付 :
(連絡先)
川里 邦夫
Serendipity かわさと歯科
〒530-0002大阪市北区曽根崎新地1-4-20
桜橋IMビル4F
TEL 06-6344-5535 FAX 06-6344-5534