歯の位置が不正であると修復治療で高い到達点に達することはかなり難しくなる。よって、矯正歯科治療により無理なく修復治療の行える状態にまで歯の位置をコントロールしておくことが重要である。
本症例は、叢生と多数歯に不適合充填物・補綴装置がされた成人女性のAngle ClassⅠ症例を、歯周組織の改善を行い、修復補綴歯科治療を併用して、上下顎リンガル装置による矯正歯科治療を行い、審美的な改善と良好な咬合が得られたので報告する(図1~11、表1)。
症例の概要
治療開始年齢は38歳 8カ月で、上下の前歯の叢生と色調の改善を主訴に来院した。全身所見に特記事項は認められなかった。顔貌では、正貌は左右対称、側貌はStraight typeであった。顔面正中に対して上下顎歯列正中は一致していた。口腔内所見では多数歯に不適合な充填処置、補綴処置が施されており、歯周組織の状態は不良であった。また、上下顎前歯部に叢生がみられ、下顎前歯部が挺出した咬合平面の乱れがあり、種類の異なる充填物・補綴装置や齲蝕が認められた。色調にも問題があり、今よりも白い歯を希望された(図1)。犬歯関係はClassⅠ、大臼歯関係はClassⅠで、オーバーバイト+3.0mm 、オーバージェット+2.0mmであった。口腔習癖は認められなかった。
模型所見としてアーチレングスディスクレパンシー(ALD)は上顎-2.0mm下顎-4.0mmであった。上下顎前歯の臨床的歯冠長は、上顎で11.5mmと平均値(10.5mm)より1mm長く、下顎で9mmと1mm平均値(8mm)より長かった(図2)。パノラマ写真所見では歯槽骨の吸収は認められず、下顎右側に第三大臼歯があった(図10)。
側面頭部X線規格写真所見から、骨格系はSNA82.0°、SNB79.0°、ANB 3.0°とClassⅠ、FMAは28.0°と平均値内であった。歯系は、U1 to NA 6.0 mm 23.0°、L1 to NB 8.5 mm 35.0°、IMPA(L1 to Mand.pl) 103.0°で、上下顎前歯は前後的には平均値内で、下顎前歯は唇側傾斜が認められ、Interincisal angleは118°とやや小さな値であった。
叢生 矯正歯科治療
診断
叢生を伴うAngle ClassⅠ症例とした。
治療方針と経過
顔面正中に対して、上顎中切歯は一致していたため、現在の位置を維持することにした。模型分析の結果、ALDは上顎-2.0mm下顎-4.0mmであり、非抜歯にて上下顎歯列弓を拡大し叢生の改善を図ることとした。ただし、側面頭部X線規格写真から、下顎前歯の唇側傾斜が認められこと、上顎前歯の位置に問題がないことから、唇頬側に移動しないように、上下顎とも舌側に移動しやすいリンガル装置(STb、オームコ社、米国)を選択した。治療目標として Level anchorage system(LAS)のモディファイドゴール、ANB 3.0°U1toNA 5.0mm L1toNB 6.5mmを参考とした。ANB 3.0°の時のL1toNBの理想値は6.5mmとなるため、L1toNBは8.0-6.5=1.5mm後退する必要がありU1toNAの理想値は5.0mmとなるためU1toNAは5.5-5.0mm =-0.5mm、つまり0.5mm舌側移動する必要があった。そして、上下顎前歯の臨床的歯冠長は、上顎で11.5mmと平均値(10.5mm)より1mm長く、下顎で9mmと1mm平均値(8mm)より長かったことから、上下顎前歯の臨床的歯冠長を1mm短く歯冠形態を修正し(図2)、セットアップモデルからリンガルブラケット装着用ジグを作製した(図3)。また、多数歯に不適合な補綴装置が装着されており、矯正歯科治療のみでは適正な咬合関係がとれないため、各分野連携のアプローチが必要となった。上下顎に、リンガルブラケット装置(STb)を装着し、 .014 Ni-Tiで動的矯正治療を開始した(図4)。歯列弓を拡大することで、ALDを解消し、さらに下顎前歯のジスキングでスペースを獲得し、下顎歯列弓を縮小することで、下顎歯列弓のディスクレパンシーの改善を行った。1年0カ月後、ディテーリングを開始した。1年4カ月でブラケット装置を撤去し、下顎右側第三大臼歯を抜歯した(図5)。その後、診断用ワックスアップを作製し(図6)、それを元にべニア形成用のノートブックインデックスを作製した。上下顎6前歯に長石系のポーセレンラミネートべニアを装着し、上下顎臼歯部にはジルコニアコーピングのオールセラミッククラウンを装着した(図7~9)。下顎の保定装置は、3-3 リンガルブラケット装置をlingual retainerとして1年間使用した。上顎には可撤式装置にて保定を行った。現在、下顎のリンガルブラケット装置を除去し、1年7カ月経過している。
叢生 矯正歯科治療
治療結果
成人の為、骨格的変化は無いが、顔貌の正中に対して上顎中切歯が一致し、上下前歯の軸傾斜の改善により被蓋関係が改善され、良好なアンテリアガイダンスが得られた。叢生は改善され、臼歯関係はClassⅠで、緊密な咬合がえられた。側面頭部X線規格写真からANB の変化はなく、歯槽的にU1toNAは5.5mm 22.5°から5.5mm 22.0°に、L1toNBは8.0mm 35.0°から6.5mm 31.0°に変化した。下顎前歯の舌側傾斜によって、被蓋関係は改善した。その結果、IMPA(L1 to Mand.p) 103.0°は98.0°に減少し、Interincisal angleは118.0°ら123.0°に増加した。上下顎臼歯の移動はなかった。矯正装置の除去は、アンテリアカップリングが得られることを確認して行い、最終補綴装置を装着しバーティカルストップを安定させた。そのため、静的咬合の安定が得られた。その結果、現在、保定終了・最終補綴装置装着後2年7カ月経過しているが、後戻りは認められない。そして、患者自身の希望であった、より白い歯をブリーチシェイドにて作製し、患者自身の満足が得られた。
叢生 矯正歯科治療
叢生 ラミネートベニア
叢生 ラミネートベニア
考察・まとめ
本症例は顔面正中に対して上顎中切歯は一致し、術前のANB角は3.0°、犬歯関係はClassⅠ、大臼歯関係はClassⅠで、オーバーバイト+3.0mm 、オーバージェット+2.0mmであったが、下顎前歯部の唇側傾斜改善のため、また上下顎前歯叢生の改善のために、上下顎にリンガルブラケット装置を用いた矯正歯科治療を行った。ALDは上顎-2.0mm下顎-4.0mmあり、非抜歯にて歯列弓の拡大を行い、ジスキングによって得られたスペースを使った下顎歯列弓の縮小にて、下顎歯列弓のディスクレパンシーの改善が図れた。また、下顎前歯の舌側傾斜によって良好な前歯部の被蓋が獲得され、大臼歯のClassⅠ関係は維持された。術後2年7カ月ではあるが経過良好である。ただし、咀嚼運動時の咬合干渉の可能性が残されていることから、咀嚼・嚥下・発音といった生理的機能やパラファンクションに対する観察は続ける必要があると考えられる。本症例において、矯正歯科治療を行わず補綴歯科治療のみで対応していれば、恐らく多数歯における抜髄処置や大量の歯質削除が必要であった。歯髄・歯質の保存のため矯正歯科治療は必要であった。また、補綴歯科治療を行わなければ色調の改善、形態的な審美性は得られなかった。各分野連携のアプローチが必要な症例であった。このたびの論文提出に際して、ヘルシンキ宣言の倫理基準に従って実施し、患者御本人の了解を得ましたことを報告します。
叢生 ラミネートベニア
叢生 ラミネートベニア
参考文献
1) 山﨑 長郎:エステティッククラシフィケーションズ,
クインテッセンス出版、東京:506-524 , 2009.
2) 藤田 恒太郎:歯の解剖学, 金原出版、東京:27-46 , 1976.
3) Root T : レベルアンカレッジシステム~概念と治療法~,
新有堂, 東京:310-351 , 1990.
4) Magne P, Belser U:BONDED PORCELAIN RESTRATIONS,
Quintessence、IL,:179-225 , 2002.
叢生 矯正歯科治療
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叢生 ラミネートベニア
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大人の矯正歯科
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