諸言
日常臨床において, 根分岐部病変を伴う慢性歯周炎は治療の選択に苦慮することが多い. Lindhe分類Ⅰ度もしくは経度のⅡ度の根分岐部病変では,歯周基本治療, エナメルプロジェクションの選択的な削合除去, ファーケーションプラスティーさらには局所薬物配送システム(LDDS)などで対応するといわれている。
今回, 歯周基本治療中に悪化した根分岐部病変に非外科治療を行い, その後に咬合治療を行い、側方運動時の臼歯離開を図り咬合を安定させ, 良好な結果が得られた症例を報告する.
症例の概要
患者:31歳, 男性
初診:2004年 3月
主訴:下顎左側第一第臼歯の咬合痛, 歯を白くしたい.
全身的既往歴:特記事項なし, 非喫煙者.
歯科的既往歴:下顎左側第一第臼歯が1年前から違和感があった. 他の歯科
医院に通っていたが, 歯周病の治療は受けたことがなかった.1ヵ月前から咬合痛を認めた.
口腔内所見:口腔衛生状態は不良. すべての歯に, 歯肉の発赤・腫脹が認められた. 7 , 7 7 には5mmのポケットが認められた( 図1 ). 4mm以上のポケットは44.4%, プロービング時の出血(Bop)陽性率は55.3%, PCRは100%であった. また, 6 にⅠ度の根分岐部病変を認めたが, エナメルプロジェクションはなかった. 動揺歯はなかった( 図2 ). 上下顎臼歯部に修復物・補綴装置があるが, 辺縁は不適合で2次カリエスが認められた.
咬合関係はAngle ClassⅠで, 側方運動時に臼歯部に咬合干渉が見られた.また, 上顎前歯部に正中離解が認められた.
エックス線所見:全顎的に中等度の水平性骨吸収が認められ, 6 にⅠ度の根分岐部病変があった.
家族歴:両親とも重度の歯周炎はない.
職業:ホテルフロント.
診断:広汎型中等度慢性歯周炎
治療計画:① 歯周基本治療:口腔衛生指導(OHI), スケーリング・ルートプレーニング(SRP), ホワイトニング, 1インターナルブリーチ,プロビジョナルレストレーション 咬合調整
② 再評価
③ 口腔機能回復治療
オールセラミッククラウン 5 6, 7 6 5 4 5
セラミックインレー・アンレー 7 6 4 4 5 7, 6 7
ラミネートべニア 2 1 1 2
④ サポーティブペリオドンタルセラピー ( SPT )
歯肉炎 歯周炎
治療経過:
1) 歯周基本治療
歯周基本治療で口腔衛生指導を行い, すべての歯にSRPを行い, 側方運動時の臼歯部の咬合干渉を咬合調整し, 夜間はナイトガードを装着した. その後, 全顎的にオフィスホワイトニング(beyond whiteing, beyond International社)を行い, 1 には着色が残ったため, さらにインターナルブリーチ(オパールエッセンスブースト, ULTRADENT社)を施術した. 正中離解は 1 1 近心をレジン充填(PREMISE BODY A2、Kerr)にて暫間的に改善した.その後, 5 6 , 7 6 5 4 5の補綴物を除去し, プロビジョナルレストレーションを装着した. 7 6 4 4 5 7, 6 7の充填物を再充填した( 図3 ).
3ヵ月後に再評価検査を行った( 図4 ). PPD4mm以上のポケットは3.0%, Bop陽性率は3.0%と改善したが, 6 の根分岐部病変はⅠ度のままで, PPD 7mmのポケットケットとBop陽性が認められた. ただ, 患者は治療に協力的で口腔衛生状態もPCR 9%と改善し良い状態が維持できていた. 6 に対して再SRPの説明を行い同意を得て, 施術した. その際に局所
薬物配送システム( ペリオフィール歯科用軟膏2%, 昭和薬品化工社)を併用した.夜間のパラファンクションに対して, 上顎にスタビライゼーション型のナイトガードを装着した( 図6a ). その結果, ナイトガードに水平的な摩耗が全歯列にみられ, さらに臼歯部に垂直的な圧痕も存在した( 図6b )ため認知行動療法を行った. そして, 臼歯部の咬合負担を減じるため, 側方運動時の咬合干渉を失くすように咬合調整を施術した( 図6c ). その際に根分岐部病変のある6 の咬合負担を減らすために, 咬合接触点を他の歯牙よりも小さくした( 図6d).
6d ).
2) 口腔機能回復治療
3ヵ月後の再評価期間をおいてプロビジョナルレストレーションを, オールセラミッククラウン 5 6, 7 6 5 4 5, セラミックインレー・アンレー 7 6 4 4 5 7, 6 7に変換した. また, 隣接面カリエス・色調・歯冠幅径の問題から 2 1 1 2にポーセレンラミネートべニアを装着した.
最終補綴より3ヵ月後の再評価期間をおいて, SPTに移行した(2008.9). また, ブラキシズムへの対応としてナイトガードを装着した.
3) SPT
現在は3ヵ月に一度の来院でSPTを継続しているが, 12年後(2020.1.)において,歯肉の発赤, 腫脹は認められず, 深い歯周ポケットも認められない( 図7 ). 6 に関しては, SPT移行1年後, 咬合調整を行った. デンタルエックス線写真では, 歯槽硬線の明瞭化も認められ骨の平坦化及び安定が図られた. 6 に根分岐部病変は認められない. PPD 3mm以内, BoP陽性はない( 図8 ). 夜間においては, スタビライゼーション型ナイトガードの装着を行い, ブラキシズムに対応している.
歯肉炎 歯周炎
歯肉炎 歯周炎
歯肉炎 歯周炎
考察
1)歯周基本治療
咬合性外傷は歯周病の初発因子ではないが歯周病を進行させるといわれている. 本ケースにおいてⅠ度の根分岐部病変がSRP・ホワイトニング・充填後に悪化した( 図5 )理由としては, 仕事で2005. 11にホテルフロントの屋外で重い荷物の運搬を行う事が多く、気温が低かった事もあり食い縛っていたことが挙げられる. またブラキシズムの自覚もあり, 咬合負担もあった. しかも, プラークコントロールが低下していたこともある .本ケースにおいて 6 に限局したポケットの増加はプラークによる歯周組
織の炎症と咬合性外傷が原因と考えられる. そのため 6 に対して再SRPを行い局所薬物配送システムを併用し, 咬合治療を行った結果, 3ヵ月には歯肉の発赤・腫脹は改善し, PPD 3mm以内, BoP陽性もなくなった. そしてSPT時(2020. 1)のレントゲン写真では不透過像が確認できた( 図5d ). 咬合性外傷に対する治療目的は、外傷性咬合を除去し、安定した咬合を確立させ、咬合性外傷によって増悪した歯周組織の破壊を軽減することにあった. 結果, 一次性咬合性外傷であったこともあり、根分岐部のレントゲン写真の透過像が不透過像に改善した.
根分岐部は複雑な解剖学的形態をもった領域であり, 確実な根面清掃は困難なことが多い. そのため歯周基本治療時に歯肉縁上のプラークコントロールはできていたにも関わらず, 6 に深いポケットと出血が認められた. その改善のため, 炎症のコントロールとして, 適切なブラッシング圧や磨き残しの左右差など歯肉の自然治癒力を妨げない方法を継続した. そして, 細菌叢を変化させる目的で局所薬物配送システムを用いた効果もあった.
2)口腔機能回復治療
本ケースにおいては, 側方運動時の臼歯離開を図り咬合を安定させ, 臼歯部の咬合負担を軽減することが第一の目的で, 口腔機能治療を行った. アンテリアガイダンスのメカニズムが正常に働き, 側方運動時に臼歯部にディスクルージョンをもたらしているか否かは機能を考えるうえできわめて重要であるといわれているからでもある.
また, 患者自身の希望である白い歯を審美修復治療で獲得でき, 患者自身は満足している.
結論
根分岐部病変を伴う広汎型中等度慢性歯周炎患者に対して, 歯周基本治療後に残存した根分岐部病変と深いポケットの改善を目的に再SRPを行い局所薬物配送システムを併用し,咬合負担を減じるために 咬合調整を行った. 今回, 根分岐部病変に対して歯周基本治療を行い, 咬合治療にて咬合の安定を図り, 良好な結果を得ることができた. ただし, 今後も定期的なSPTにより継続的管理が必要である.
このたびの論文提出に際して, 開示すべき利益相反状態はありません.
参考文献
1)特定非営利活動法人 日本歯周病学会編:歯周治療の指針2015
医歯薬出版, 東京, 56-57, 2016
2) 特定非営利活動法人 日本歯周病学会編:歯周治療の指針2008
医歯薬出版, 東京, 21-23, 2009
3) 池田雅彦, 池田和代, 佐藤昌美:非外科的歯周治療―長期症例をもとに単根歯・根分岐部病変・歯肉退縮への適応と効果を考えるー. 日周誌, 56(1):57-64, 2014
4) 山﨑長郎 審美修復治療 ~複雑な補綴のマネージメント~ 第1版 クインテッセンス出版, 東京, 22-54, 1999
歯肉炎 歯周炎
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歯周病
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