審美歯科学会投稿論文2
2024年1月11日
[ 臨床:症例報告 ]
上顎右側中切歯に抜歯即時埋入インプラントを適応した審美回復症例
川里 邦夫
Serendipity かわさと歯科
A Case Report : Application of Immediate Implant Placement in Maxillary Right Central Incisor
for Esthetic Recovery
KAWASATO Kunio
Serendipity Kawasato Dental Office
キーワード:Immediate Implant Placement(抜歯即時埋入インプラント),
Esthetic Restoration(審美修復), Symmetry(左右対称性)
Ⅰ 緒言
インプラント治療は, 欠損補綴において予知性の高い治療法として確立されてきた。近年,抜歯症例におけるインプラントの応用が臨床的に注目されるようになったのは, 抜歯直後にインプラントを応用する抜歯即時インプラント埋入が提案されて以来のことである。抜歯即時インプラント埋入の選択は外科的侵襲や治療のコストを抑え, 治療期間も短縮されるなど, そのメリットは多い。そのため, 初期固定が得られない場合や急性炎症を呈している場合や歯肉縁が低位でthin scallopedの場合を除いて, 抜歯即時インプラント埋入が第一選択と考えられる。そして, 前歯補綴の治療オプションとなった抜歯即時インプラント埋入が, その成否を左右するのは, 治療結果の審美性である。
今回, 打撲にて歯根吸収を伴った上顎右側中切歯に対し, 抜歯即時インプラント埋入によって補綴処置を実施し, 審美的に良好な結果を得たので報告する。 |
Ⅱ 症例
本報告はヘルシンキ宣言を順守し, 本症例報告を患者本人に説明し, 承諾を得た。
- 症例の概要 患者は, 初診日2008年11月, 年齢56歳 の女性で, 上顎右側中切歯の動揺を主訴に来院した。患歯は20歳の時に自転車から転落打撲し, 抜髄・補綴歯科治療を受けた既往歴があった。現病歴として, 患歯には補綴装置が装着され動揺があり, 咀嚼障害ならびに審美障害が認められた。非喫煙者で全身所見に特記事項は認めなかった。歯科治療は久しぶりで, ここ十数年未治療であった。
- 臨床所見口腔内所見において患歯はⅡ度の動揺があり不適合補綴装置が装着されていた。その補綴装置の近遠心幅径は, 反対側同名歯より大きかった。口腔衛生状態は不良で, 歯肉の発赤・腫脹が認められた。デンタルエックス線写真所見において不良な根管充填と歯根吸収が確認できたが, 周囲骨の吸収は認められなかった(図1)。結果、外傷による歯根吸収と診断した。
- 治療方針36年前に打撲し抜髄・補綴治療を受けた当該歯は, 歯根吸収を生じ, Ⅱ度の動揺のため保存不可能と診断し, 抜歯対象とした。患歯周囲に骨欠損はなく, 歯肉退縮や感染(根尖性歯周組織炎, 辺縁性組織炎)も認められず, また, 患者の早期改善に対する希望が強いことから抜歯即時インプラント埋入を選択した。また, 上顎左右側中切歯の近遠心幅径の左右非対称を補綴歯科治療にて回復することとした。
- 治療計画スマイルラインからの上顎左右側中切歯切端の見え具合は, ネガティブスマイルで5.5mm,アクティブスマイルで歯肉縁が見えた。歯肉の性状はthick flat typeで厚みもあった。患歯の歯根吸収は認められるものの周囲骨の吸収はわずかで, CTから歯槽骨の頬舌幅は7.4mm鼻腔底までは15.2mmで骨質はLekholmとZarbの分類のtypeⅢであった。また, 対咬関係として大臼歯関係はⅠ級, 犬歯関係はⅠ級で, over bite 3mm over jet 2mmであった。1)歯周基本治療:口腔衛生指導(OHI) スケーリング・ルートプレーニング(SRP)上顎右側中切歯プロビジョナルレストレーション, 上顎左側中切歯レジン充填2)再評価(周囲組織の炎症の有無, 上顎右左側中切歯の審美性・機能性)3)上顎右側中切歯抜歯即時インプラント埋入4)再評価(周囲組織の炎症の有無, インプラントのインテグレーション状態)
5)上顎右側中切歯アバットメントとファイナルプロビジョナルレストレーション装着
上顎左側中切歯ポーセレンラミネートベニア装着
6)再評価(周囲組織の炎症の有無, 上顎右左側中切歯の審美性・機能性)
7)上顎右側中切歯オールセラミッククラウン装着
8)再評価(周囲組織の炎症の有無, 上顎右側中切歯の審美性・機能性)
9)メインテナンス
- 治療経過 歯周基本治療で口腔衛生指導を行い, すべての歯にSRPを行い, 上顎右側中切歯をプロビジョナルレストレーションに変更し同時に, 上顎左右側中切歯の左右幅径を合わせるために上顎左側中切歯近心にレジン充填を行った。側方運動時の咬合干渉を咬合調整し, 夜間はナイトガードを装着し, 3か月後に再評価検査(歯周精密検査)を行った。そして, 上顎右側中切歯は, CT所見から骨量・骨質に問題がなく4壁性で, 感染もなく, 上顎左側中切歯よりも歯肉辺縁が1mm高位にあったため(図3), 抜歯即時にてインプラント(NOBEL Replace, 直径4mm, 長さ10mm, Nobel Biocare社, 米国)の埋入(2010.3.)を行った。その際に生じたインプラントと周囲骨の間には, 人工骨(Bio-Oss、Geistlich社, スイス)を填入した(図4)。インプラント埋入6か月後(図5)に歯肉縁下のエマージェンスカントゥアーの形態を凹型に作製し, 歯肉の厚みを確保したジルコニアアバットメントをスクリュー固定し(図6), プロビジョナルレストレーション(プロビナイス, 松風)を装着し, 上顎左側中切歯にポーセレンラミネートベニア(ヴィンテージHalo, 松風)を歯科接着用セメント(レジセムクリアー, 松風)にて装着した。さらに3か月後上顎右側中切歯に最終補綴装置オールセラミッククラウン(酸化アルミナコーピング, Nobel Biocare社, 米国)(ヴィンテージAL, 松風)を非ユージノール系歯科用仮着材(フリージノールテンポラリーパック, ジーシー)にて装着した(図7)。上顎右側中切歯に最終補綴装置装着より3か月の再評価期間をおいて周囲組織に炎症が無く, 上顎左右側中切歯の審美性・機能性に問題がないことを確認し, メインテナンスに移行した(治療終了日2011年2月)。また, 患者はブラキシズムを有しており, ブラキシズムへの対応としてナイトガードを装着した。3か月ごとのメインテナンスにおいては, ブラッシング指導, 機械的クリーニング,口腔内写真による観察, ナイトガードの調整を行っている。
- 治療結果 治療期間は2年3か月で, 現在3か月ごとのメインテナンスを行い, 11年間ではあるが, 審美的に良好な経過を得られている。清掃状態に問題はない。上顎左側中切歯の僅かな挺出があるものの, 歯肉の発赤, 腫脹も認められず, 深い歯周ポケットも認められない。デンタルエックス線写真では, 骨吸収もなく安定している(図8)。また, 患者の審美的改善という希望に対する満足度も極めて高い。
Ⅲ 考察
審美的要求の高い前歯部領域, まして中間欠損において, 抜歯即時インプラント埋入を適応するには, 骨組織, 軟組織, 隣在歯を含めた周囲環境(感染、汚染、炎症)を十分に考慮しなければならない。これらの条件の中でひとつでもリスクの条件があるならば, 抜歯と同時にそのリスクを軽減する処置をとる必要がある。もし, リスクを改善できる手段がなく, 術後の予知性に不安が残る場合は, 抜歯即時インプラント埋入を選択すべきではない。
本ケースにおいては, 術前のCTから骨量・骨質に問題はなく, 歯肉辺縁が上顎左側中切歯より高位にあったため, 抜歯と同時にインプラントの埋入が行え, 審美的な補綴装置を装着できた。
審美修復部位にインプラントを埋入する際, 考慮すべき点として, 1. インプラントの埋入深度, 2. インプラントの埋入位置, 3. 歯肉の厚み, 4. 隣在歯の歯槽骨頂の高さ, 5. 上部構造とアバットメントの適切なエマージェンスプロファイル, 6. コンタクトポイントの位置, 7. インプラントと天然歯間の距離などが挙げられる。
Belserらの報告によると, 垂直的な埋入位置は, インプラントショルダーの位置が両隣在歯のCEJを結んだラインより0~2mm下方に位置し, 頬舌的な埋入位置はインプラントショルダーの位置が, 隣在歯の唇側外形より1.5mm内側に位置すると述べられている。本ケースにおいては, CEJを結んだラインより2mm下方に, 唇側外形より1.5mm内側に埋入することによって唇側の骨量を少なくとも1mm以上残せた。歯肉は線維性で厚みもあり, 歯肉辺縁が反対側同名歯より高位にあり, 問題はなかった。これらのことから, 唇側の骨の吸収および軟組織の吸収を防ぐことができたと考えられる。隣在歯の骨頂は歯肉縁から5mm、歯冠中央部で4mmであり, 健全な状態であった。そのため, 歯冠中央部の歯肉縁から4mm下方にインプラントショルダーを位置し, 上部構造とアバットメントの適切なエマージェンスプロファイルが獲得できた。
また, Tarnowらは, 歯槽骨頂とコンタクトポイントの距離が5mm以内であれば歯冠乳頭は完全に満たされるが, 5mm~7mmでは66%が満たされ, 7mmを超えると27%しか満たされず, インプラント天然歯間で2mmの距離がないと水平的な骨吸収が起こりやすいと報告している。本ケースにおいて, 歯槽骨頂とコンタクトポイントの距離が5mmで, インプラント天然歯間で2.5mmの距離に埋入できた。これらのことから, 隣接面の歯冠乳頭は維持できたと考えられる。さらに, 抜歯時に歯根膜周囲の歯牙を削合し, 厚さ0.3mmのペリオストームP(Nobel Biocare社, 米国)を挿入し易くし, 歯根膜線維を切断し低侵襲に抜歯が行えたこともある。
アバットメントの材料は, 高強度のセラミックスであるジルコニアを用いた。理由として, ジルコニアアバットメントは, 審美的な修復をするうえで有利であり, 生体親和性も高く, 透過性のある支台築造は歯冠のみならず周囲歯肉にも陰影をつくらないからである。そして, 唇側はインプラントプラットフォームより可及的にストレートの形態で立ち上げ, 唇側歯肉の厚みを確保した。そしてさらに, エマージェンスカントゥアーの形態を凹型に作製し, 歯肉の厚みを確保した。アバットメントの強度的なリスクを軽減するために, インプラントの接合部にチタンベースを用い, ジルコニアアバットメントをセメント接着によって二次的に接合するツーピースタイプを用いた。最終補綴装置としては, ジルコニアコーピングのオールセラミッククラウンを装着した。
また, 本ケースにおいて, 審美的な結果を得るためには, 反対側同名歯に対しての処置が必要であった。それは、初診時の上顎右側中切歯の近遠心幅径が10mm, 上顎左側中切歯は7mmと, 左右非対象であったからである。そのため, 両歯の近遠心幅径を8.5mmに設定し, 左右対称となるよう上顎左側中切歯に長石系のポーセレンラミネートベニアを装着した。これにより上顎右側中切歯のオールセラミッククラウンの審美的調和が図れる結果となった。
現在, 治療終了後11年を経過し安定した歯周組織と被蓋関係を維持しているが, 審美的かつ機能的な観点から長期的に予後を観察していく必要がある。
Ⅳ 結論
本ケースは, 打撲にて歯根吸収を伴った上顎中切歯に対し, 抜歯即時にインプラント埋入を行い, 補綴処置を実施することで, 審美的に良好な結果が得られた。ただし, インプラントの埋入深度, 埋入位置, 歯肉の厚み, 隣在歯の歯槽骨頂の高さ, コンタクトポイントに位置などを十分に考慮する必要がある。
本論文において, 他者との利益相反はない。
文献
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1) 横山敦郎, 山根進 : インプラントを用いた欠損補綴歯科治療の展開, 日補綴会誌, 4:27, 2012.
2) 山﨑長郎, 土屋賢司 : 歯科臨床のエキスパートを目指して インプラントレストレーション3 1~2歯中間欠損症例, 医歯薬出版, 東京, 16-24, 2013.
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3) 日高豊彦 : 審美的インプラント修復におけるプロトコル, 日補綴会誌, 4:35-41, 2012.
4) Belser UC, Bernard JP, Buser D, et al. : Implant placement in the esthetic zone / Lindhe J, Karring T, Lang NP : Clinical periodontology and implant dentistry, 4 th ed, Blackwell Munksgaard, London, 915-944, 2003.
5) Belser UC, Buser D, Hess D, et al. : Aesthetic implant restrations in partially edentulous patients- a critical appraisal, Periodontology 2000, 17, 132-150, 1998.
6) Tarnow DP, Cho SC, Wallace SS : The effect of inter-implant distance on the height of inter-implant bone crest, J Periodontol, 71, 546-549, 2000.