根分岐部病変
2024年10月10日
根分岐部病変を有する下顎大臼歯に対して
歯周組織再生療法と矯正歯科治療にて対応した一症例
Regenerative periodontal therapy and orthodontic treatment
of lower molars with furcation involvement :A case report
川里 邦夫
KAWASATO Kunio
キーワード:根分岐部病変, Lindhe分類, 重度慢性歯周炎, 矯正歯科治療
諸言
日常臨床において, 根分岐部病変を伴う重度慢性歯周炎は治療の選択に苦慮することが多い.
Lindhe分類Ⅱ度の下顎の根分岐部病変への治療法には、歯周組織再生療法か組織付着療法かルートセパレーションがある.
どの治療法にするかは, ①ルートトランクの状態 ②歯冠歯根比 ③歯根の状態(長さ, 形態, 湾曲度, 分離度, 離解度)などから決めなければならない.
今回, 歯周基本治療で細菌性炎症因子を除去し, 矯正歯科治療を行い、側方運動時の臼歯離開を図り咬合を安定させ, その後に根分岐部病変に歯周組織再生療法を行い,良好な結果が得られた症例を報告する.
症例の概要
患者:59歳, 女性
初診:2019年 7月
主訴:下の前歯が抜けた
全身的既往歴:特記事項なし, 非喫煙者.
歯科的既往歴:下顎左側中切歯が1年前から違和感があった. 他の歯科医院に通っていたが, 歯周病の治療は受けたことがなかった.
本日, 咀嚼中に脱落した.
口腔内所見:口腔衛生状態は不良. すべての歯に, 歯肉の発赤・腫脹が認められた. 7 6 5 4 2 6 7 7 6 5 4 5 6 7 には6mm以上のポケットが認められ, 5 1 2 6 7にⅡ度の4 2 3 7 6 2 4 にⅠ度の動揺があった. 4mm以上のポケットは65.4%, Bop陽性率は61.1%, PCRは100%であった. また, 6 6 にⅡ度, 6 6 7 にⅠ度の根分岐部病変を認めた. 7 に修復物があるが,
辺縁は不適合で2次カリエスが認められた.
咬合関係はAngle ClassⅠで上下顎前歯部に叢生と上顎側切歯遠心に空隙が認められた. 下顎左側中切歯は自然脱落していた.
エックス線所見:全顎的に中等度~重度の水平性骨吸収が認められ, 6 6 には根分岐部病変が及んでいた. ( 図1 .2 )
診断:広汎型慢性歯周炎(StageⅢ Grade B)
治療計画:
①歯周基本治療:口腔衛生指導(OHI), スケーリング・ルートプレーニング(SRP), プロビジョナルレストレーション 1
咬合調整 76 67 76 76
②再評価
③矯正歯科治療
④再評価
⑤歯周外科治療:歯周組織再生療法 6 6
⑥口腔機能回復治療
⑦サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)
治療経過:
1) 歯周基本治療
歯周基本治療で口腔衛生指導を行い, すべての歯にSRPを行い, 側方運動時の臼歯部の咬合干渉を咬合調整し, 夜間はナイトガードを装着し, 3ヵ月後に再評価検査を行った. その際に, 7 5 6 7 7 6 6 7 に4mm以上のポケット8.0%とBop陽性率8.6%が認められた. 患者は治療に協力的で口腔衛生状態もPCR 9.8%と改善し良い状態が維持できていたため, 矯正歯科治療の説明を行い同意を得て, 施術した. ( 図3.4 )
2) 矯正歯科治療
上下顎前歯部の叢生の改善と上顎側切歯遠心の空隙閉鎖のため, 側方運動時の臼歯部の咬合干渉を避けるため矯正歯科治療を開始した(2020. 7.)( 図5 ). 咬合関係はAngle ClassⅠであったが, 前歯特に犬歯の被蓋関係は浅く, 側方運動時の早期に犬歯の誘導は無くなっていた. そのため犬歯の被蓋関係を深く誘導路を長くし, 側方運動時に臼歯離解が得られることを治療のゴールとした. 非抜歯で .018”×.025”スロットエッジワイズ装置を使用した. 矯正の動的治療期間は1年9ヵ月であった. 下顎の保定装置は、4-4 bonded lingual retainerを装着した. 上顎には4-4 bonded lingual retainerと可撤式装置にて保定を行った.
3) 歯周外科治療
矯正歯科治療後に, 6 6 に5mmのポケットとBop陽性, 4mm以上のポケット2.4 %, Bop陽性率1.2 %が認められた( 図6 ).
患者は治療に協力的で口腔衛生状態もPCR 4.8%と良い状態が維持できていたため,
EMDと骨補填材(Bio-Oss Geistlich社)を併用した歯周組織再生療法の説明を行い同意を得て, 6 6 に施術した.
5mmのポケットのある6 舌側のⅡ度の根分岐部病変に対しては, 生活歯であるため, エナメルプロジェクションを除去し, EMDと骨補填材(Bio-Oss Geistlich社)を併用した歯周組織再生療法(2022.6.)においては, 浅く広い骨欠損が認められたが, リコール時にデンタルX線写真で骨欠損の部位に骨様不透過像を確認した( 図7 ).
また, 6 の頬側のⅠ度の根分岐部病変に対しては, オドントプラスティーを行いエナメルプロジェクションを除去し, 5mmのポケットのある6 舌側のⅡ度の根分岐部病病変に対してのEMDと骨補填材(Bio-Oss Geistlich社)を併用した歯周組織再生療法(2022.11.)においては, 浅く広い骨欠損が認められたが, リコール時にデンタルX線写真で骨欠損の部位に骨様不透過像を確認した( 図8 ).
4) 口腔機能回復治療
初診時に自然脱落していた 1 はハイブリット冠(グラディアGC社) にて接着性ブリッジを作製し2 1 2と連結した.
また, 7 の不適合修復物はコンポジットレジン(PREMISE Kerr社) にて再修復した.
最終補綴より3ヵ月後の再評価期間をおいて, SPTに移行した(2023.2.).
また, ブラキシズムへの対応としてナイトガードを装着した.
5) SPT
現在は3ヵ月に一度の来院でSPTを継続している.が, 歯肉の発赤, 腫脹は認められず, 深い歯周ポケットも認められない.
デンタルエックス線写真では, 根分岐部病病変はなく歯槽硬線の明瞭化も認められ骨の平坦化及び安定が図られた.
夜間においては, スタビライゼーション型スプリントの装着を行い, ブラキシズムに対応している.
下顎左側第一大臼歯に関しては, SPT移行半年後, 咬合調整を行った.
1年後の再評価(2024.2)において,根分岐部病変は認められず, PPD 3mm以内, BoP陽性率は0 %, 動揺歯はなく,
歯周組織の状態は安定している. PCRは8 %であった( 図9.10 ).
考察
1)矯正治療
歯槽骨吸収や歯周組織への為害作用, 舌習癖や口呼吸による口唇閉鎖不全などにより, 生理的な歯の位置を維持している諸因子のバランスが崩れ, 歯が本来の位置から移動することを病的歯牙移動という.
歯周-矯正を行う場合, ①もともと歯列不正があった歯列 ②もともと歯列不正のない歯列, が考えられるが本症例は, ②もともと歯列不正のない歯列と診断した. 結果, 舌習癖や口呼吸による口唇閉鎖不全が疑われたため, 矯正歯科治療を行う前にMFT(Oral Myofunctional Teraphy)を行い, 舌の位置や安静時の上下歯列の非接触や鼻呼吸などのトレーニングを行った.
歯周治療に不用意に矯正歯科治療を組み込むことは, 歯周組織破壊の進行を急速化させる可能性があるが, 炎症が十分にコントロールされていれば禁忌ではないと報告されている. また, 咬合性外傷は歯周病の初発因子ではないが歯周病を進行させるといわれている. 本ケースにおいて咬合関係はAngle ClassⅠであるが, 上下顎臼歯は近心に傾斜し, 前歯特に犬歯の被蓋関係は浅く,下顎前歯が上顎前歯を突き上げ, 上顎前歯部に叢生と上顎側切歯遠心に空隙が生じていた. よって, 臼歯部に限局した骨欠損はプラークによる歯周組織の炎症と咬合性外傷が原因と考えられた. これらの考えを踏まえて, 本ケースにおいては, 患者の審美的希望もあったが, それ以上に上下顎臼歯の近心傾斜を改善し, 咬頭嵌合を安定させ, さらに側方運動時の臼歯離開を図り咬合を安定させ, 大臼歯部の咬合負担を軽減することが第一の目的で, 矯正歯科治療を行った. また, アンテリアガイダンスのメカニズムが正常に働き, 側方運動時に臼歯部にディスクルージョンをもたらしているか否かは機能を考えるうえできわめて重要であるといわれているからでもある. そして, 咬合負担を軽減し, 歯周外科治療に移行した.
2)歯周外科治療
Lindhe分類Ⅱ度の下顎の根分岐部病変の発症している部位によって, その部位にアクセス可能かという難易度には差がある. 下顎においては舌側上顎においては近遠心側のⅡ度の根分岐部病変のほうが難易度はより増す. 下顎の根分岐部病変の治療法には、歯周組織再生療法か組織付着療法かルートセパレーションがあるが, 再生療法を行うことで十分な治癒が得られる事があるため, EMDと骨補填材を併用した再生療法を行った. それは, EMD単独で応用した場合, 歯肉弁を一次閉鎖できたとしても, EMDの物理的な性質上,スペース確保が困難なため, 軟組織の形態を維持し続けることは容易ではなく広い骨欠損の形態によって軟組織の陥没を生じてしまい良好な結果が得られない可能性もあったからである. また, 血管領域である根分岐部にデコルチケーションを行い, 血液供給を促した. なお, 下顎右側第一大臼歯頬側は分岐部病変Ⅰ度で水平性の骨欠損であったため, 再生療法の適応外とし, ファーケー.ションプラスティーを行った. その結果, プラークコントロールができる環境となった.
3) 口腔機能回復治療
初診時に自然脱落していた下顎右側歯中切歯 はハイブリット冠(グラディアGC社) にて接着性ブリッジを作製し隣在歯と連結したが, 下顎前歯部の水平性骨吸収が重度であり, 矯正後の後戻りも考えられたため永久固定とした. ハイブリット冠を選択したのは, 対合歯への咬合負担を減じるためと残存歯の表面性状がハイブリットに類似していたからである.
結論
根分岐部病変を伴う広汎型重度慢性歯周炎患者に対して, 歯周基本治療後に咬合の安定のために矯正歯科治療を行い, 残存した根分岐部病変と深いポケットの改善を目的に歯周外科を施術した. Lindhe分類Ⅱ度の根分岐部病変の治療方法は, 歯根の形態, 骨吸収の程度によって左右される. その治療方針としては, 清掃性を重視し, 生活歯であったため歯髄を保存することにあった. 今回, 根分岐部病変に対して矯正歯科治療にて咬合の安定を図り, 歯周組織再生療法を行い, 良好な結果を得ることができた. ただし, 今後も定期的なSPTにより継続的管理が必要である.
このたびの論文提出に際して, 開示すべき利益相反状態はありません.
参考文献
1)特定非営利活動法人 日本歯周病学会編:歯周治療のガイドライン2022 医歯薬出版, 東京, 63-64, 2022
2) 特定非営利活動法人 日本歯周病学会編:歯周病学用語集第2版
医歯薬出版, 東京, 75-75, 2013
3) Ong MA et al,: Interrelationships between periodontics and adult orthodontics. J Clin Periodontol, 25:271-277, 1998
4) Re S et al,;Orthodontics treatment in periodontally com-promised patient: 12- years report. Int J PeriodonticsRestrative Dent. 20:31-39, 2000
5) 山﨑長郎 審美修復治療 ~複雑な補綴のマネージメント~ 第1版 クインテッセンス出版、東京、22-54 . 1999.
6)Casarin RC,Del Peloso Ribeiro E, Nociti FH Jr, Sallum AW, Sallum EA,Ambrosano GM, Casati MZ. A double-blind randomized clinical evaluation of enamel matrix derivative proteins for the treatment of proximal class-Ⅱfurcation involvements. J Clin Periodontol2008 ; 35(5): 429-437
- 治療名
- 歯周組織再生療法
- 費用
- 340,000円(税込み)
内: 再生療法170,000円 、 - 治療期間
- 1年半
- 通院頻度
- 1ヵ月 2〜3回
- そのほか患者様情報
- 55歳・女性
初診日 2019. 6.11.(4年経過症例)
治療内容
-
患者様の症状
- 10数年歯科医院にて治療を受けたことがなく、見た目が良くない、噛めないとのことで治療を希望された。
全身的な問題はなかった。 -
治療法
- 2箇所に再生治療をした。
- 保存可能かどうか不確かな歯を戦略的に抜歯した。
-
治療結果
- 患者自身も満足した。4年経過し良好である。
※治療結果は患者様によって個人差があります。
治療を行う上での 注意点 (リスク・副作用)
咬合性外相があるためナイトガードは必須である。
そのほか
咬合力が強いためナイトガードは必須である。