ボーンアンカードブリッジ
2024年6月28日
[ 臨床:症例報告 ]
下顎前突を伴った上顎無歯顎へインプラント支持のデンチャータイプの
ボーンアンカーブリッジを適応した症例
川里 邦夫
Serendipity かわさと歯科
A Case Report of Functional and Esthetic Prosthesis by Application of an Denture Type Implant-supported Bone Anchor Bridge for Edentulous Maxilla with Mandibular Protrusion
KAWASATO Kunio
Serendipity kawasato dental office
キーワード:Edentulous Maxilla(上顎無歯顎), Mandibular Protrusion (反対咬合)
Denture Type Bone Anchor Bridge(デンチャータイプボーンアンカーブリッジ)
Ⅰ 緒言
多数歯欠損や無歯顎症例に対する審美補綴を考慮した場合、インプラントの適応は選択肢の一つとして大きな比重を占めるようになってきた。
しかし、インプラント治療による全顎的なクラウンブリッジ形態の審美補綴にも適応範囲には限界があり、特に著しい顎堤吸収が認められる無歯顎症例などは歯冠歯根比の関係からもクラウンブリッジでの対応は難しく、ガム付きブリッジあるいはオーバーデンチャーによる補綴処置を選択することが多い。さらにAngle ClassⅢの下顎前突症例における上顎無歯顎になると、審美性回復に伴うリップサポートなどの面からも補綴物形態の選択範囲がさらに制限される。
今回、有歯顎時に反対咬合を呈していた上顎無歯顎症例に対し、8本のインプラントを埋入してデンチャータイプのボーンアンカーブリッジによって補綴処置を実施し、審美性・機能性ともに良好な結果を得たので報告する。
Ⅱ 症例
本報告はヘルシンキ宣言を順守し、行った。初診から治療終了時までの顔面写真、口腔内写真、エックス線写真等の資料、ならびに各種診察結果、分析結果、診断結果、治療方針、治療経過等を記した書類を本症例報告に使用することを患者本人に説明し、論文に掲載する承諾を得た。
1, 症例の概要
患者は、初診時年齢は54歳 の女性であり、咀嚼障害のため全体の補綴物のやり直しを主訴に来院した。30年前に他医院にてカリエスのため部分的に抜歯処置を受け、30歳ころから義歯を装着していた。反対咬合のため上顎前歯の補綴物は、正常な被蓋を付与しようと歯槽堤よりも唇側へ大きく逸脱していたが、前歯・臼歯ともクロスバイトの咬合状態であった。全身所見に特記事項は認められなかった。
- 臨床所見
正貌は左右非対称であり、顔面正中に対して、下顎がわずかなに右方偏位していた。側貌は、Eラインからの距離:上唇-3mm(標準値0mm±1.5mm)、下唇0mm(標準値2mm±1.5mm)で上下口唇とも後方にあり、鼻唇角85°(標準値105±8°)で上唇は前方に傾斜していた(図1)。口腔内所見では反対咬合で、多数歯に不適合な補綴処置が施され、歯肉退縮によるクラウンマージンの露出や、さまざまな色調の補綴物・充填物が混在し、審美的に大きな障害となっていた(図2)。上顎に比べて、下顎は歯列弓幅径が大きく、下顎前歯部には叢生が認められクロスバイトであった(図2d. e)。上顎前歯の唇側傾斜と前歯の深い逆被蓋関係が認められ、アンテリアカップリングは良好ではなかった(図2f)。上下顎の正中は下顎が上顎正中に対して1.5mm右方偏位していた。咬合高径の低下は明らかであったが、顎関節の症状はなかった。エックス線写真から、既存修復物の不適合と不十分な根管治療が認められたが、歯槽骨の吸収は無かった(図3)。歯周組織は、4mm以上のポケット5.9%, Bop(十)11.8%であり、歯肉炎が認められた(図4)。

初診時の正面観・側面観・開口時の上顎中切歯

初診時の口腔内写真(54歳)

初診時のエックス線14枚法写真

図4 初診時の歯周組織検査表
4mm以上のポケット5.9% Bop(十)11.8%
- 側面頭部エックス線写真分析
咬合高径を切端咬合まで拳上した状態(図5図6)で、SNA 88.0°SNB 86.0°ANB 2.0°から,近遠心的顎間関係はskeletal ClassⅠであった。
FMA 29.0°から垂直的顎間関係は標準値内であった。「U1 to FH 119.0°(標準値111.2±5.2°)」、「 L1 to Mp 92.0°(標準値94.7±6.9°)」から上顎前歯が3.42m唇側((119−111=8)÷2.5=3.2mm)にあり、下顎前歯は正常な位置にあることが分かった。上顎前歯が唇側傾斜し、
下顎前歯は正常な傾斜のため、interincisal angleは119.0°(標準値128.3°±8.8°)と小さい値であった。
これらの分析結果から、叢生を伴うAngle ClassⅢと歯科矯正学的に診断した。

図5 CRマウント
中切歯が早期接触し、CRからICPへスラした

図6 CRバイト(切端咬合)での正面頭部エックス線写真・側面頭部エックス線写真
正面から下顎の右側偏位がみとめられ、側方から咬合拳上した切端咬合位で標準値内になることが分かる

図7 パノラマエックス線写真
下顎骨の左右非対称が見られ、
咬合平面から下顎第3大臼歯の挺出が認めらた
-
治療方針
CRでは下顎が上顎正中に対して1.5mm右方偏位し、咬頭嵌合位に下顎位が右側前方に1mm偏位した。CR-ICPのズレは、指導ピンの浮き上がり量で確認したところ1.0mmであった(図5)。CRでの側面頭部エックス線写真分析から、上顎前歯の唇側傾斜と前歯の深い被蓋関係を改善するために、咬合拳上を行うこととした。また、下顎前歯を舌側移動させ逆被蓋関係の関係を改善することとした。移動後の下顎前歯の位置に対して、上顎前歯の位置を決定し、審美的にも機能的にも良好な被蓋関係を確立することとした。上顎は補綴歯科治療、下顎は矯正歯科治療と補綴歯科治療にて行うこととした。
反対咬合のうえ、上顎前歯の喪失に伴う顎堤吸収が予測されるため、上顎前歯部歯槽堤から下顎前歯部切端までは相当量の距離が存在した。このような顎間関係で前歯部の審美性をデザインする場合、インプラントによるクラウンブリッジ形態では歯冠長が長くなり、審美的にも機能的にも好ましい選択ではなかった。また、ガム付クラウンブリッジという選択も検証したが、リップサポートに限界があり、歯冠歯根比の逆転現象を起こすことから第一選択ではないと考えられた。また、オーバーデンチャーも検討したが、患者から可撤式ではなく固定式の補綴物の希望があったため、8本のインプラントを埋入して、インプラント支持のデンチャータイプボーンアンカーブリッジの装着を計画した。しかし、患者は義歯の違和感やそれに伴う圧迫感に嫌悪を示していたので、無口蓋のデンチャーを製作することで同意を得た。
前述したように、反対咬合・クロスバイトのため、下顎歯列弓に対して上顎に正常な被蓋関係を付与すると上顎人工歯が歯槽堤より唇頬側へ逸脱し、義歯に回転力が発生し、デンチャーに過度の応力がかかる恐れがあった。そのため、インプラントをワンピースのシリンダーバーで連結し、バーを外方に傾斜させることで、上下顎の水平的被蓋を改善し、義歯の回転力の防止を図ることとした。また、Angle ClassⅢを改善するため、上顎前歯歯冠長を通常より1mm長くし、全体的に上顎歯列弓幅径は大きく、下顎歯列弓幅径は小さく、補綴物を作製し、上下顎の歯列弓幅径の差を改善するようにした。その結果、審美的な結果だけでなく、アンテリアカップリングを獲得し、アンテリアガイダンスが得られ、臼歯離開が起こり、臼歯咬合面形態が維持され、咬頭嵌合位が安定することを目的とした。
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治療計画
治療計画を作成するにあたっての患者からの要望は、審美性に関しては、天然歯同様に綺麗になれば喜ばしいとのことであった。よって、補綴物はすべて再製を行うこととした。上顎の残存歯はすべて保存不可能のため、上顎無歯顎へのデンチャータイプボーンアンカーブリッジを適応し、下顎欠損部には単独歯インプラント、下顎左右第3大臼歯は抜歯にて咬合平面をそろえた。
治療計画とその手順を以下に示す。
1) スケーリングおよびブラッシング指導
2) プロビジョナルデンチャー、プロビジョナルレストレーション
3) 根管治療、カリエス治療
4) 矯正歯科治療(下顎)
5) インプラント埋入(Camlog Screw-line implant, Promote plus )
6) 上顎3前歯 抜歯
7) 右上8 右下8 左下8 抜歯
8) ファイナルプロビジョナルデンチャー、ファイナルプロビジョナルレストレーション
9) 再評価後に問題点の改善
10) 最終補綴歯科治療
11) メインテナンス
補綴設計は、上顎はデンチャータイプボーンアンカーブリッジ、下顎は全て単冠のオールセラミッククラウンとした。
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治療経過
既存の補綴物を残したまま、プロビジョナルデンチャーを装着し咬合拳上を行い、歯周基本治療、モチベーション、TBI、SRP、根管治療、カリエス治療を行った。その後、ブラケット装置を用いて下顎の矯正歯科治療を開始した(図8)。10カ月の矯正歯科治療の終了後、再評価を行った。その時の顆頭位は顆頭安定位にあり、咬合高径は正常であった。そして、診断用のワックスアップを行い、その際に上顎前歯の歯冠長を通常より1mm長くし、被蓋が浅くならないようにした(図9)。診断用のワックスアップから2度目のプロビジョナルデンチャー作製し、上顎前歯・下顎臼歯部咬合面にビルドアップを行った(図10)。
顎位、咬合高径、上下顎前歯の位置、咬合平面に問題の無いことを確認し、サージカルステントを使用してCT撮影を行い、インプラントの埋入位置を検討した(図11a~c)。結果、上顎に8本のインプラント埋入を計画し、サージカルガイドを作製した(図11d)。出来上がったサージカルガイドを装着しCT撮影を行い、位置のズレが無いことを確認した(図11e.f)。上顎の8本のインプラント(Camlog Screw-line implant, Promote plus )は2回法にて埋入し(2017.6)(図12a)、下顎の3本のインプラント(Camlog Screw-line implant, Promote plus )は1回法にて行った(2017.10)(図12b)。6カ月の治癒期間をおいて、上顎の2次手術を行い、テンポラリーヒーリングアバットメントを装着した。その間に、下顎のインプラントにはアバットメントとプロビジョナルレストレーションを装着し、第三大臼歯は抜歯した(図13)。次いで、残存する上顎前歯と右側第3大臼歯を抜歯し、6カ月の治癒後、角度付アバットメントにて角度の補正を行い(図14a)、メタルフレームとインプレションコーピングを連結してオーバーインプレッションを行い、作業模型を作製した。そして、インプラントの埋入方向が外方に傾いているため、ミリングバーを3分割に作製し、口腔内でろう着用インデックスを採得し、ろう着を行い2分割にし、キーアンドキーウエイにて装着した(図14b~e)。そして、シリンダーバーにデンチャータイプの上部構造体を3本のネジ止めにて固定し、下顎はすべて単冠のオールセラミッククラウンを装着した(図16)。その後、ブラキシズムへの対応としてナイトガードを作製装着し、メインテナンスに移行した。
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治療結果
最終補綴物装着時のエックス線写真、顔貌と口唇の写真をそれぞれ 図17.18.に示す。成人の為、骨格的変化は無いが、上下顎中切歯正中が一致し、上下前歯の軸傾斜が改善された。その結果、良好なアンテリアガイダンスが得られ(図16a)、咬合平面は整い(図16b)、側方運動時にディスクルージョンを獲得できた(図13c.d)。エックス線写真から、補綴物の適合が確認でき、異常所見は認められなかった(図17)。側面頭部エックス線写真分析から、U1 to FH 110.0°L1 to Mp 88.0°になり、上下顎前歯の近遠心的傾斜は正常になった(図19)。Interincisal angleは131.0°になり、標準偏差値内への変化であった(表1)。そして、顔貌側方の反対咬合様の側貌は審美的に改善された(図18)。叢生は改善され、臼歯関係はAngle ClassⅠで、緊密な咬合が得られ、咬頭嵌合位の安定が得られた。その結果、保定後の後戻りは見られていない。治療期間は3年3カ月で、現在3カ月ごとのメインテナンスを行い、2年間ではあるが、機能的・審美的に良好な経過を得られている。歯周組織に問題はなく(図20)、清掃状態も問題ない(図21)。

図8 矯正歯科治療開始 (2016.5.)
下顎前歯の空隙閉鎖、舌側移動、挺出を行った

図9 診断用ワックスアップ
矯正歯科治療後に
上顎中切歯を1.5mm長くした(2017.3.)

図10 モックアップ
上顎中切歯の切端延長
下顎咬合面ビルドアップ
(2017.3.)

図11 サージカルステント、サージカルガイド
モックアップ、ビルドアップから作製したサージカルステント(a) 口腔内へ装着(b)
CT撮影を行い、上顎左右に4本のインプラントの埋入を計画(c)
CTからのシュミレーションにより作製したサージカルガイド(d)
サージカルガイドを口腔内に装着しCTを撮影し、位置のズレの有無を確認(d)
左右のインプラントは外方に傾斜している(e)

図12 インプラント埋入
上顎インプラント埋入(2017.6.) 2回法にて埋入した (図12a )
下顎インプラント埋入(2017.10.) 1回法にて埋入した(図12b )

図13 上顎2次手術後ヒーリングアバットメト
装着時の口腔内写真
左右のインプラントは外方に傾斜している
右上4相当部に有茎弁移植を行った

図14 上顎無歯顎後の咬合面観
角度付アバットメントにて外方に傾斜しているインプラントを口蓋側に入れた(図14a)アバットメントレベルでの印象(図14b)シリンダータイプのバーを3分割で作製し、4 相当部にキーアンドキーウェイを入れた(図14c)
口腔内でのろう着用のインデックスを採得し(図14d )シリンダータイプのバーを装着した(図14e )

図15 下顎最終印象時の咬合面観
7 6 7 アバットメントと6 5 4 5 支台歯の状態
8 8 は挺出のため抜歯した

図16 最終補綴物装着時の口腔内写真(57歳)

図17 最終補綴物装着時のエックス線14枚法写真

図18 最終補綴物装着時の正面観・側面観・開口時の上顎中切歯

図19 最終補綴物装着時のパノラマエックス線写真と側面頭部エックス線写真

図20 最終補綴時の歯周組織検査表
4mm以上のポケット0% Bop(十)0%

図21 最終補綴物の清掃状態
大阪市北区曽根崎新1-4-20桜橋IMビル4F
かわさと歯科・矯正歯科
院長 川里 邦夫
- 治療名
- ボーンアンカードインプラントブリッジ
- 費用
- 4700,000円(税込み)
内:オールセラミック1本/120,000円、インプラント1本/350,000円 - 治療期間
- 2年
- 通院頻度
- 1ヵ月 2~3回
- そのほか患者様情報
- 46歳・女性
初診日 2012. 9.17.(13年経過症例)
治療内容
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患者様の症状
- 10年前から他の歯科医院にて部分的な入れ歯治療を受けたが、どんどん入れ歯が大きくなって、見た目が良くない・噛めないとのことで再治療を希望された。アングルクラスⅢであった。
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治療法
- 上顎にインプラントを8本し、下顎にインプラントを3本埋入し、オールセラミックにて既存の被せのやり直しを行なった。
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治療結果
- 審美的な仕上がりで、患者自身も満足した。12年経過し良好である。
現在は2〜3ヶ月おきのメインテナンス中である。
※治療結果は患者様によって個人差があります。
治療を行う上での 注意点 (リスク・副作用)
オールセラミックには欠け易いといったリスクがあるためナイトガードは必須である。
インプラント支持のボーンアンカードブリッジは清掃が重要である。
そのほか
咬合力が強いためナイトガードは必須である。